2024年7月16日

評価通達の「趣旨」から「逸脱」した財産評価は否認されるのか?

 このレポートでは、「非上場株式の相続税評価で総則6項の適用が認められなかった地裁判決」で主張された課税庁の否認理由について検討します。

 この事案は、被相続人が死亡直前に買主との間で株式譲渡についての基本合意を締結し、相続人が死亡後の翌月に契約を締結して基本合意の金額で株式を売却したというものです。この株式の評価につき課税庁は総則6項を適用して通達評価額を否認し、約13倍の時価で課税しました。

 課税庁の否認理由を簡単に整理すると次のとおりです。

 まず、課税庁は、通達評価額によらない評価が認められるべきとする類型を、「濫用型」と「趣旨逸脱型」に分けます。そして、最高裁令和4年4月19日判決の判断は「濫用型」に係るものであり、「趣旨逸脱型」についてではないと考えます。

 次に、課税庁は、取引相場のない株式評価における「趣旨逸脱型」の類型を概ね次のように説明します。すなわち、株式通達評価の趣旨は、「客観的な交換価値を反映した取引価格(市場価格)が想定できないことを前提」とするものであり、相続開始時において、客観的な交換価値と評価し得る株式の価格が明らかになっているという事情がある場合には、評価通達の趣旨に当てはまらず、株式を通達により画一的に評価することが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情があるといえる、としています。

 つまり、①相続開始日における取引価格が合意されており、かつ、②その価格で換価される可能性が高く、さらに、③その価格が客観的交換価値を反映していると認められる場合には、評価通達の趣旨に当てはまらず、総則6項により否認できると言っているのです。

 東京地裁はこの主張を認めず納税者が勝訴しましたが、これを不服として課税庁は控訴しました。

 争いの場は高裁に移ります。ここでの問題は、評価通達の趣旨からの逸脱を理由に、通達評価額を否認できるのかということです。最高裁令和4年4月19日判決の判断枠組みの中で、課税庁の主張がどのようにどのように判断されるのでしょうか?

 先のレポートでもお伝えした通り、最高裁の判断枠組みでは、通達の趣旨から外れているかどうかは論点にならないと考えられます。というのも、最高裁は、課税処分の適法性は通達ではなく法令に照らして判断されるべきであり、通達の解釈によって結論が導かれるものではない※1、と考えているからです。

 ここから先は思考実験になりますが、仮に趣旨から判断することができる、としたらどうなるでしょうか。

 そうだとしても、今後の裁判では、「契約締結は未了であるものの相続前に客観的な交換価値である取引価格が合意されており、相続後にその金額で売却された」というだけでは、通達評価額を否認することは困難だと思われます。

 その理由は、過去に争われた同類型の事案についての最高裁の判断で、高裁で認められた「今回の課税庁の主張する理由」と実質的に同じ理由が差し替えられたからです。

 その事案は、被相続人が相続開始前に農地の売買契約を結び、その内金が支払われ、相続開始後に相続人が残代金の支払いを受けていたものです。この売買契約には、売買代金の完済をもって農地の所有権が移転する旨の特約が付されていました。

 1審では、相続した財産は土地であってその評価額は通達評価額によるべきと判断しました※2が、課税庁はこれを不服とし控訴しました。

 高裁は、評価額が取引価額によって具体的に明らかになっており、しかも、相続に近接した時期に取引代金を全額取得しているような場合、その価額が客観的にも相当であると認められ、しかも、それが通達評価額との間に著しい格差を生じているときには、総則6項により評価することは特別の事情があって、是認されると判断しました※3

 この高裁の判断は、今回課税庁が否認理由に上げた3つの要件、すなわち、①取引価格の合意、②高い換価可能性及び③客観的交換価値の反映を満たしている場合には、総則6項による否認ができると判示したものと理解されます。

 ところが、最高裁は、この高裁の理由を採用しませんでした。
 
 最高裁は、納税者の請求を棄却し、高裁の結論(課税庁の勝訴)を維持しましたが、高裁の示した上記の理由を差し替えたのです。すなわち、相続財産は土地ではなく売買残代金債権であると判断を変更し、本件土地の評価額をその売買残債権評価額と同額とした高裁の判断は「結論において正当」と是認しました※4

 注目したいのは、最高裁は、やろうと思えばできたにもかかわらず、総則6項による否認をそのまま認めることなく、わざわざ理由を差し替えて(つまり総則6項を根拠とせずに)、同じ結論を導いたという点です。こうした消極的な姿勢から、「趣旨逸脱型」であるというだけでは、通達評価額の否認が認められるとは解されません。

 ましてや、現在では、最高裁の判断枠組みが示されており、通達の趣旨からは判断しないと明言しているので、なおさらです。

 控訴審において課税庁がどのような主張を展開するのか、今後の実務を考えるうえでしっかり見ておく必要がありそうです。

2024年7月16日 (担当:後 宏治)

1

※1 最高裁判所調査官による解説参照。山本拓「最高裁 時の判例」ジュリスト2023年3月号(№1581)・93~94頁。

※2 東京地裁昭和53年9月27日判決

※3 東京高裁昭和56年1月28日判決

※4 最高裁昭和61年12月5日判決

ページトップへ