「総則6項による否認」は今後の裁判では争われなくなるのか?
相続や贈与によって取得した財産の価額は、原則としてその取得のときの「時価」とされており(相法22)、その「時価」とは、財産評価基本通達(以下、「評価通達」といいます。)の定めにより評価した価額によることとされています(評価通達1(2))。他方、評価通達総則6項は、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定めています。
ところで、納税者が、評価通達に定める方法により評価した額(以下、「通達評価額」といいます。)で相続税や贈与税の申告をしたところ、課税庁が、総則6項を適用し、評価通達の定めによらずに相続財産等の評価を行い、通達評価額を否認して課税処分を行うことがあります。
これは一般に「総則6項による否認」と呼ばれています。従来の裁判例では、特定の納税者についてのみ、通達評価額によらないことは原則として許されないが、「特別の事情」があるときは、他の合理的な方法によって評価した額によることができるとされていました。
ただし、この「特別な事情」の相続税の法令における位置づけは必ずしも明らかではなく、また、具体的にどのような事情がこれに当たるのかについても不明確でした。判例には、時価と通達評価額の乖離を重視して判断するものや、経済合理性を欠く取得の経緯や目的から覗われる租税回避の意図を重視して判断するものがあるなど、統一的な基準ははっきりしていませんでした※1。
そのため、どのような事情があれば「特別な事情」に該当し、総則6項に定める「著しく不適当と認められる」場合に当たるのか、同項の趣旨、意義、内容まで踏み込んで様々な議論が積み上がり、いささか混乱した状況にありました。
こうした状況にケリを付けたのが最高裁令和4年4月19日判決です※2。
この判決は、争点を「通達評価額を上回る額を相続財産の価額としてされた更正処分の適否」と定義し、今後の裁判における判断の枠組みを次のように整理しました※3。
①課税処分の適法性は通達ではなく法令に照らして判断されるべきであり、総則6項などの通達の解釈によって結論が導かれるものではない。
②更正処分の基礎とされた財産の価額が、客観的な交換価値としての時価を上回るものでない限り、通達評価額を上回っていたとしても、相続税法22条に違反するものではなく合法であって、時価を上回らないかは裁判における事実認定により判断する。
③ただし、特定の者についてのみ通達評価額を上回る価額により更正処分をすることは、客観的な交換価値としての時価を上回るものでないとしても、合理的な理由がない限り租税法上の一般原則としての平等原則に違反するものとして違法となる。
以上からわかるように、課税庁が行う通達評価額を超える時価による否認は、少なくとも最高裁においては「総則6項による否認」として判断されることがなくなると考えられます。
しかし、先にレポートした東京地裁令和6年1月18日判決※4では、最高裁令和4年判決の判断枠組みを示しながら、「最高裁令和4年判決は、実質的には、特段の事情がある場合に総則6項を適用することを肯定しているものと解される」として、「特段の事情」の有無について審理判断しています。これは、東京地裁に提訴されたのが令和3年であり、令和4年4月19日の最高裁判決が出る前の事案であることから、当事者の主張がその判断枠組みに従うものでなかったことが推測される状況下での過渡的なものである可能性もあると思われます。
地裁における判断が、上述の最高裁の判断枠組み従いつつも、実質的には総則6項による評価の適否についてなされる、ということが継続することもありえますが、最高裁まで争われると、通達の解釈により判断されることはないでしょう。
そうだとすると、地裁等の下級審でも、課税庁がどのような内部ルールで否認するかについて問題となる余地はなくなっていき、争点は、①更正処分の基礎価額がいわゆる「時価」以下であるか(相続税法22)、②特定の納税者について通達評価額によらない処分が平等原則違反とならないか(租税法の一般原則)の2つに集約していくことが予想されます。
いままで蓄積されてきた評価通達の個別の定めの意義、要件及び効果に関する議論や、総則6項の「特別な事情」に関する理論は、裁判における通達の解釈という点において、その歴史的な役割を終えることになるかもしれません。
以上の議論は、あくまで裁判上は総則6項が審理されなくなるというだけで、実務上、「総則6項による否認」が行われなくなる、ということではありません。税務署は、これまでどおり、総則6項を根拠として時価による修正を求めてくることは変わりません。ただ、実質的な適用基準は最高裁の判断の枠組みに整合するように運用されることになると考えられ、その方向で課税実務は変容していくことになりそうです。
※1 山田重將「財産評価基本通達の定めによらない財産の評価について」税大論叢80号参照
※2 UAPレポート「財産評価基本通達総則6項による否認に係る最高裁判決」参照
※3 本判決に係る最高裁判所調査官による次の解説参照。山本拓「最高裁時の判例」ジュリスト2023年3月号(№1581)・93~94頁。
過去のUAPレポート
- レポート検索