混同により消滅する債務は債務控除できるか
何らかの理由で親が子から借り入れをしたまま死亡し、その後の遺産分割協議によりその借入債務を債権者である子が承継した事例において、相続税の計算上、親の借入債務は債務控除することができるでしょうか?
相続税法上、被相続人の債務が債務控除できるためには、債務が「相続開始の際」に存在するものであって「相続によって財産を取得する者の負担に属する」ものである(相法13①)ことと、「確実と認められるもの」である(相法14①)ことが必要です。
事例の場合、親の債務は債権者である子が継承することから、債権者と債務者が同一人に帰し、その結果、債務は混同により消滅します。遺産分割の効果は相続開始時に遡るため、債務の消滅の効果も相続開始時まで遡り、相続開始時には親の債務は存在しないことになります。そうすると、この債務は存在しないがゆえに子の負担に属さないものとなり、債務控除できるのかが問題となります。
この点について、まず、「相続開始の際」と相続開始時とは異なる概念であると解されています。すなわち、相続開始の際とは、被相続人の死亡及び被相続人の死亡に近接し、かつ、社会通念上これから起因して生ずる事態を含めた時間の範囲を示すものとされています※1。
次に、債務控除の趣旨を確認すると、相続によって取得する財産の実質的価値をもって課税価格とするために、現に存在し相続人の負担に属する債務を積極財産から控除することとされています。
事例において子が取得した財産の実質的価格は、相続により取得した財産から借入債務に相当する親への貸付金請求権に相当する価格を控除した金額となるため、上記を踏まえると、親の借入債務は、子の負担に属するものであり、かつ、相続開始の際には現に存在するものと解することができます※2。
そうだとすると、最後にこの債務が「確実と認められるもの」であるかが問題になります。
ここで、確実と認められるものとは、①債務者においてその債務の履行義務が法律的に強制されるもののほか、②事実的、道義的に履行が義務付けられ、あるいは、履行せざるを得ない蓋然性の表象があり、相続人がその債務を履行し相続財産の負担となることが必然的な債務をいうものと解されています※3。
親子間の金銭の借り入れでも、有効に金銭消費貸借契約が成立していれば、履行義務が法律的に強制される点において、第三者間の場合と同じです。また、一般に、債務を承継したことによる負担とは、弁済によって相続人の現金預金が減少することを意味し、これが消極的経済価値として相続財産から控除されることになるのですが、相続人固有の積極財産が喪失するという点においては、混同によって相続人が有する貸付金請求権が消滅することと弁済とは経済実質上同じであると考えられ、消極的経済価値として評価できます。
それゆえ、次のような特殊なケースを除けば、混同によって消滅する債務であっても問題なく「確実と認められるもの」にあたると解されます。
特殊なケースとは、相続税対策の一環で、名目的な債務を創出し、混同による債務の消滅を計画しているような事例がそれに当たります。国税不服審判所は、令和3年6月17日、建物売買に伴い被相続人に生じた債務で混同により消滅したもののうち、当該建物の経済的価値を超える部分については、名目的に成立させたものであって相続税の債務控除の対象となる「確実と認められるもの」には該当しないと裁決しました。税務署は当初混同により消滅した債務の全額について、履行を予定していないものであるから債務控除できないと主張しましたが、この裁決は、履行を予定していない場合であっても、建物の経済価値までの部分については確実なものと認めて債務控除すべき旨を明らかにし、税務署の処分の一部を取消しています 。
以上から、混同により消滅する債務であっても、原則として債務控除できると判断して問題ないと考えられます。
※1 東京高裁平成8年10月26日判決、東京地裁平成8年2月28日判決
※2 菅原恒夫・近藤光夫共編『資産税質疑応答集』724~725頁(大蔵財務協会、2005)
※3 広島高裁昭和57年9月30日判決
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