2017年1月27日

【事業承継税制】「贈与税の納税猶予制度」と「相続時精算課税制度」の併用

 平成29年度の税制改正で、事業承継の際の「贈与税の納税猶予制度」の適用対象となる贈与に相続時精算課税制度に係るものが加えられました。事業承継への早期取組を促すために、生前贈与の特例を強化し、多くの人に使ってもらおうという趣旨です。

 改正前の生前贈与特例は、「常時使用従業員数の平均値が8割以上であること」等の一定の要件を、特例適用後に継続的に満たし続けなければ納税猶予が取消となり、相続税よりも税負担が重い贈与税が課税されるというリスクがありました。

 中小企業庁の解説事例※1では、先代経営者死亡時まで自社株を保有していた場合の相続税が4,860万円のケースで、後継者に自社株を生前贈与し贈与税の納税猶予を受けたあと認定取消になった場合には、取消の時に約1億300万円の贈与税が課税されます。

 普通に相続が発生したときより数倍も税負担が増える結果になることは、経営者にとって大きなリスクであり、このリスクを避けようとすると経営の自由が相当制約されるため、この制度の利用をあきらめがちでした。

 ここで躊躇している経営者からは、認定取消時に重い贈与税を課すのではなく、せめて相続時精算課税に切り替えさせて欲しい、との要望が多く聞かれていたところです。

 先の事例で、相続時精算課税制度を併用すれば、認定取消時に贈与税を3,500万円納付することに加え、相続発生時に相続税の精算として1,360万円を納付するので、合計4,860万円の税負担となります。これは、そのまま持ち続けていたときの税負担と同額ですので、認定取消時の課税リスクは大幅に緩和されることになります。

 改正後に注意したいのは、課税対象となる自社株式の評価額は、最初の生前贈与時のものであり、認定取消時や相続発生時のものではない、ということです。すなわち、最初の贈与のときの株式評価額で取消認定後の贈与税等が算出され、その後の変動は無視されます。

 これはメリットにもデメリットにもなる相続時精算課税制度の特徴です。贈与後に自社株の評価額が上がれば有利ですが、下がるのであれば評価が低くなる株式を早めに高く承継して損になります。

 ところで、やむを得ず認定取消を回避できない場合とはどういうときでしょうか。その多くは、予想外の突発的な事が生じ、業績不振により事業の縮小や変更を余儀なくされるケースであると考えられます。このようなケースでは、自社株の相続税評価も生前贈与時点からは大きく下落していることが通常だと思われます。

にもかかわらず、精算課税の併用によって負担する贈与税と相続税は、生前贈与時の高い株価を基に算定されます。つまり、リスクは緩和されたといえ株価下落リスクは残るのです。

 この点、事業承継への早期取組促進の観点から、相続税の算定根拠となる株価は、贈与時ではなく、相続時の株価を採用したほうが良い、という意見があります。果敢な経営判断をしたが結果としてうまくいかず、相続時に株価が下がっているときには、その挑戦する姿勢を評価して低い株価による負担のみで済ませてあげれば、経営者がより安心してこの特例を利用しようと考えるだろう、というのがその根拠です。

 今回の改正ではそこまでの緩和がなされていないため、改正後の実務では、株価下落リスクを織り込んで対策をすることになると考えられます。

 具体的には、自社株の株価の上昇が見込まれるときや不明のときに多額の生前贈与をするのであれば、納税猶予制度の適用だけでなく、保険として相続時精算課税の併用を必ず行います。逆に、株価の下落が見込まれるときには、生前贈与は実行せず、そのまま持ち続けることが節税の観点からは有利になります。

 なお、相続時精算課税を併用すると、後継者が先代から贈与を受ける財産には、その選択をした年分以降すべてこの制度が適用され、暦年課税へ変更することはできません。いったん精算課税を適用すると、その年以後、暦年贈与することが一切できなくなりますので、自社株以外の財産の承継も考えている場合には、全体の有利不利やそのバランスを考慮することが必要です。

 今まで課税リスクが大きすぎるとして忌避されていた生前贈与特例の使い勝手がかなり良くなることは間違いありません。事業承継対策の一つとして生前贈与特例を再検討するいい機会となるでしょう。

2017年1月27日 (担当:後 宏治)

1

※1 「総議決権株式数10,000株、1株30,000円、株価総額3億円。先代経営者は株式全体の2/3(2億円)を保有しており、後継者へ当該株式の全株を移転する。その他の資産なし。相続人は後継者1名のみ。」を前提として試算された事例です。中小企業庁「平成29年度税制改正の概要について(中小企業・小規模事業者関係)」28頁参照。

ページトップへ