信託した株式に事業承継税制(納税猶予制度)が適用されないのはなぜか?
後継者が、経済産業大臣の認定を受けた非上場会社の株式等を現経営者から相続等により取得した場合において、その課税価格の80%に対応する相続税の額の納税が猶予される特例(事業承継税制)の利用件数は、2014年3月末時点で846件(相続税539件、贈与税307件)となっています。
ただし、現在のところ、非上場株式を信託した場合には、この特例の適用はないという取扱いになっています。
その理由は、株式の信託を行った場合相続の対象は信託受益権となるところ、納税猶予制度を規定する租税特別措置法(以下、「租特法」といいます。)には信託受益権に対する特例適用を認める文言が存在しないから、というのが直接の理由です。
ところで、現行税制では、資産が信託されている場合、法人税、所得税に関係する租特法では、受益者がその資産を直接所有しているとして特例の適用を認めています。すなわち、買換特例など他の多くの所得税や法人税に関する租特法上の特例制度については、信託受益権についてわざわざ適用を認める文言が条文にないのにもかかわらず、問題なく適用が認められているのです。
しかし、相続税に関する租特法では、信託された資産を適用対象とすることがその条文に明示されていないと、特例の適用は認められないと解されています。
なぜこのように整合性のない取扱いになっているか、この疑問を解くカギは、廃止された土地信託通達※1にあるようです。
租特法の特例の多くは土地建物に関する特例であるところ、土地信託通達は、信託受益権者が土地建物を直接所有しているとして特例適用関係を整理することを明らかにして、個別条文に信託受益権について規定がなくても特例が適用できるとしていました。
この土地信託通達は、平成19年に信託法の制定に伴う信託税制が整備されたことを理由として廃止されています。
新しい信託税制では、受益者等課税信託において、信託の受益者はその信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなされる(みなし規定。所法13①、法法12①、相法9の2⑥)ことから、同様に解した土地信託通達は不要となったのです。
現行税制では、このみなし規定により、税法の他の規定に特に明文の定めがなくてもその規定が適用されるとするのが原則的な解釈です。
この解釈は、①土地信託通達の一部と同じ内容の通達が所得税及び法人税について新設されている(所基通13-5及び13-6、法基通14-4-5及び14-4-6)こと、②国税庁の解説で、これら新通達は土地信託通達と同趣旨のものであり、平成19年度税制改正後も同様の取扱いとなる旨を明らかにしている※2こと、③さらに租特法の信託に関する通達も新設され、その解説※3で国税庁は、「受益者等課税信託においては、その信託の受益者等は、当該信託の信託財産に属する資産及び負債を有するものとみなし、かつ、当該信託財産に帰せられる収益及び費用は当該受益者等の収益及び費用とみなして、法人税法の規定を適用することとされている(法12)。したがって、受益者等課税信託の信託財産に属する減価償却資産について、措置法・・・の適用を受けようとする場合には、当該受益者等課税信託の受益者等において、その適用を受けることとなる。」との解釈を明示していることから明らかです。
しかし、相続税法については、このような通達は新設・改正されておらず、他方、信託税制整備後の小規模宅地等の特例規定(これは租特法の相続税に関する特例です。)では、信託された土地等について相続税法のみなし規定を「準用」する旨をわざわざ条文に記載しています(措令40条の2⑳)。
つまり、相続税に関する租特法の特例上、相続税法のみなし規定は当然には「適用」されることはなく、「準用」規定があって初めて適用が可能となるのです。
これらのことから、所得税関係、法人税関係の租特法上の特例では、受益者が特例対象資産を所有しているものとみなして信託受益権についての適用が可能なのですが、相続税関係では、その適用を認める条文が個別規定にないとダメということになるのです。
また、実質的に考えても、信託された株式に納税猶予特例の適用をそのまま認めることは困難です。
納税猶予制度の対象となるためには、①現経営者が同族関係者と合わせて発行済議決権株式総数の過半数を保有し、かつ、筆頭株主であること、及び②後継者が同族関係者と合わせて発行済議決権株式総数の過半数を保有し、かつ、筆頭株主であること、が要件とされています。
ところが、信託を利用した場合、議決権は株式名義人である受託者が保有することとなるため、被相続人及び相続人の要件をどのように判定するのかは明確ではありません。また、議決権行使の指図権を受益者でなく委託者が保有している場合や、複数の受益者がいて特定の受益者に議決権行使の指図権を集中させる場合もありうるところから、この判定はなかなかやっかいです。
つまり、納税猶予特例では議決権の集中保有が重視されるですが、信託してしまうと、現経営者または後継者が議決権を保有しているかどうかは一概には言えないから、要件判定が難しくなるのです。
このように、条文解釈上も実質上も信託された株式に事業承継税制を適用することは困難です。しかし、議決権の指図権を受益者に持たせるなど、信託がなかったとしたら非上場株式を受益者が直接有していると認められるものについて、納税猶予を適用することは問題ないと思います。
最近事例が増えている信託を活用した事業承継をさらに進めていく上でも、早期に現行制度を見直し税制改正が必要であると思われます。

※1 昭和61年7月9日付直審5-6ほか4課共同「土地信託に関する所得税、法人税並びに相続税及び贈与税の取扱いについて」(法令解釈通達)を略して土地信託通達といいます。
※2 大澤幸宏編著『法人税基本通達逐条解説』1320~1322頁(税務研究会出版局、2014)
※3 平成19年6月22日付課法2-5ほか1課共同「信託に関する法人税基本通達等の一部改正について」(法令解釈通達)の趣旨説明
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