2012年9月10日

信託受益権の相続税法上の所在場所

 相続税の課税関係を決定する重要な要素の一つに「財産の所在場所」があります。この財産の所在場所の具体的な判定基準は相続税法第10条に定められています。すなわち、動産または不動産についてはその所在する場所により決める、など、主な財産を限定列挙しその各々の所在場所を定めており(相法10①②)、列挙されていない財産の所在については、その財産の権利者であつた被相続人または贈与をした者の住所の所在により判定し(同③)、その際には、相続などで取得した時の現況で判定する(同④)こととされています。

 ところで、ある人が自己の財産を信託した場合、その信託受益権の所在はどのように判定するのでしょうか。信託行為により、ある人から受託者に財産が移転するとともに、受益者には、信託の利益の全部又は一部を受ける権利が生じます。すなわち、受益者は信託受益権を取得することになりますが、この信託受益権は、相続税法第10条に列挙されていないため、その所在をどのように判定するかが問題になります。

 この論点については、「日本に住所がある祖父が国外財産である米国債を米国信託会社に信託し、米国籍の孫を受益者とした」事案に係る裁決があります(国税不服審判所・平成20年7月1日裁決)。

 相続税法上、米国債の所在場所は、米国に所在するものとされています(相法10②)が、裁決は、孫が取得したものは信託の利益を受ける権利(=信託受益権)であり、この権利は、相続税法第10条第1項各号および第2項に列挙された財産のいずれにも該当しないことから、その所在は、同条第3項の規定により、贈与者の住所の所在によって判断すると解しました。そうして、贈与者である祖父の住所が日本であることをこの解釈に当てはめて、国税不服審判所は、本件信託受益権は国内財産であると判定したのです。

 つまり、審判所は、信託受益権の所在場所については、信託財産の所在場所で判断するのではなく、委託者の住所で判断することを明確にしました。

 しかし、この審判所の解釈は、信託法改正に伴う平成19年相続税法改正「前」の事案に対する旧法のものであることに注意が必要です。

 現行の相続税法では、信託の受益者は、信託の効力が生じた時において、信託に関する権利を委託者から贈与により取得したものとみなされ、その場合には、信託の信託財産に属する資産および負債を取得したものとみなされることになっています(相法9の2①⑥)。改正前はこのみなし規定が存在していませんでしたので、裁決のような解釈が出てくることもやむを得ないのですが、みなし規定が整備された現行相続税法における信託受益権の所在場所については、委託者の住所ではなく、信託財産の信託時の所在場所で判定すべきと解するのが相当だと思われます。

 つまり、本件事例では、米国籍の孫が贈与を受けたのは米国債であるとみなされ、したがって、米国債の所在場所である米国が信託受益権の所在場所だとみなされるべきだと考えます。

 実は、この裁決は、現在高裁で係争中の案件です。高裁での判断が待たれるところですが、現行実務においては、リスク回避のため、現在のところ、信託受益権の所在場所は委託者の住所地で判断する、という見解もあることに留意が必要です。

2012年9月10日 (担当:後 宏治)

 

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