2011年10月 7日

海外LPSは租税法上の法人に該当するのか

 米国にはリミテッド・パートナーシップ(以下「LPS」といいます。)という事業体があります。これは、米国各州の法律に基づき設立される日本の組合に似た事業活動を営むための組織形態であり、一般に無限責任組合員と有限責任組合員とで構成されます。このLPSは、組合員が拠出した資金や金融機関からの借入金をもとに不動産を購入し運用を行ってその不動産事業の損益を構成員に分配するというスキームでよく活用されています。

 さて、日本の居住者(以下「甲」といいます。)がこのようなLPSを通じて投資をして損益の分配を受けた場合の課税はどのようになるのでしょうか?

 甲の日本における課税は、LPSが法人に該当するかどうかにより異なります。すなわち、LPSが法人に該当しなければ日本の租税法上、不動産からの損益はLPSに帰属せず甲に直接帰属するものとして課税が行われる(これを構成員課税=パス・スルー課税といいます。)ため甲の所得計算上収益または損失とすることができます。逆にLPSが法人に該当すれば日本の租税法上、不動産からの損益はLPSに帰属し甲への分配は法人からの配当として損失は無視され収益のみに課税されます。

 そこで、日本の租税法における法人とは何かが問題となります。この点、日本の租税法には法人の定義は存在しません。つまり、このLPSのようなある海外の事業体が日本の租税法の法人に該当するかについて明文上は明確ではなく、解釈により判断することになっています。

 ここで注意が必要なのが、租税法の法人概念は、固有概念ではなく、借用概念とされていることです。

 固有概念とは、他の法分野では用いられてなく租税法が独自に用いている概念をいい、借用概念とは、他の法分野で用いられており既にはっきりとした意味内容が与えられている概念をいいます。租税法律主義(法的安定性の要請)に合致することが望ましいため、借用概念は、異なる意義と解することが明らかな場合を除き、それをその法分野の意義と同じ意義に解することが好ましいと解されています。

 そうだとすると、日本で法人制度を規定しているのは民法ですので、民法上の法人であれば租税法上の法人であると判断されます。

 民法での法人概念をみると、法人とは、自然人以外のもので法律上の権利義務の主体とされているものをいうとされていますが、具体的な法人該当性の判断においていくつかの解釈があります。

 その1つが3要件説で、①構成員の個人財産とは区別された独自の財産を有する、②独立した権利義務の帰属主体となり得る、③訴訟の当事者となり得る、という3つの要件に該当するものが法人に該当する※1 というものです。

 また、もう1つは民法の規定を厳格に捉えて、ある事業体に法人格を与えるか否かは法律によって定めることとし(法人法定主義)、外国の事業体については外国法を準拠法として組成された事業体のうち、外国法上法人格を付与された事業体であり、かつ、外国会社に該当するものに限られる※2 というものです。

 課税庁は前者(民法3要件説)の解釈を採用しており、いくつかの裁判例(後述の大阪地裁平成22年12月17日など)でも支持されています。

 ところが、これらとは別の新たな解釈を示した注目すべき判決が先日明らかになりました。

 平成23年7月19日の東京地裁判決(平成19年(行ウ)第78号)です。これは、米国デラウェア州法上のLPSは日本の租税法上の法人に該当せず、LPSで生じた不動産関連事業に係る損失は各構成員の不動産所得に該当することを認めるとするものです。

 この裁判において、課税庁は先の民法3要件を満たすLPSは法人であると主張しましたが、判決は、これら3要件は一般的に「法人」であるといえるための必要条件ではあるものの、法人と法人でない事業体を明確に区別できる基準とはいえないため、その主張は採用できないとした上で、法人該当性について、我が国の租税法上の法人は、設立準拠法によって法人格を付与すると規定されているかに加え、損益の帰属すべき主体として設立されたものであるかどうかによる、と判示しました。すなわち、法人か否かは、法人格の有無という形式的基準に加え、損益の帰属主体となる経済的実体の有無という実質的基準によって判断されるべきというものです。このような考えは通説的な民法ではとられていませんが、この解釈によれば民法の法人概念がより明確になったと考えることができます。

 従来の解釈の1つである民法3要件説では組合等について矛盾が生じるなどの批判もありました。また、もう1つの解釈である法人格の付与という形式的基準だけでは外国の多様化する事業体の法人該当性を明確に判断することは困難でした。今回の判決で法人概念の新たな解釈を提示したことは、多様化・複雑化し続ける事業体に対して既存の枠組みでは対応しきれていないことの現われであり、また、民法の解釈について時代の趨勢にあわせた新しい解釈を行っていくことの必要性が明らかにされたものと考えます。

 ただ、今回の判決はまだ控訴審で係属中であるため確定していません。また、類似の事案である平成22年12月17日の大阪地裁判決(平成19年(行ウ)78号)では同種スキームのLPSが従来の解釈(民法3要件説)により法人に該当する(納税者不利)とされています。今後これらの裁判の結果、本件の解釈が課税実務を支配することになれば、本件が法人概念とその判断基準を変えた大きな転換点であったことになりえます。どのようになるのか?今後の動向が大いに注目されます。

2011年10月7日 (担当:栗田倫也)

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※1 星野英一「いわゆる『権利能力なき社団』について」『民法論集第1巻』(有斐閣、1970年」270頁

※2 中里実「課税管轄権からの離脱をはかる行為について」フィナンシャル・レビュー平成21年(2009年)第2号(通巻第94号)16頁

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