生命保険信託とみなし贈与
大手生命保険会社と信託銀行が共同開発した生命保険信託が注目を集めています。
現在商品化されている生命保険信託の仕組みは、①保険契約者が委託者、②信託銀行が受託者となり、③信託契約によって死亡保険金請求権を当初信託財産として受け入れ、④その後の保険事故発生によって信託銀行が受領する死亡保険金を同銀行が管理・運用し、⑤保険契約者の家族や親族などの指定された受益者に金銭を交付する、というものです。
この信託により、委託者は、法定相続にとらわれることなく、自分が経済的に支援したい人や団体に対して、必要なときに必要な額の資金を渡すことができるようになります。
では、この生命保険が支払われた場合の相続税の課税関係はどのようになっているのでしょうか。この点については、通常の生命保険金と同様の課税関係になるよう実務上取り扱われています。すなわち、相続税基本通達9の2-7において、「いわゆる生命保険信託に関する権利については、生命保険契約に関する規定(法第3条及び第5条)の適用があることに留意する」ことが明らかにされており、通常の生命保険金と同様、受益者が受け取った保険金は、相続や遺贈により取得したものとみなされて相続税の課税対象となります。
この通達のいう「いわゆる生命保険信託」が何を意味するかについては、現行の法令通達上の定めもなくよくわからないのですが、一般的には、生命保険信託とは、生命保険契約に基づく保険金受取の権利(生命保険債権)を信託財産として受け入れ、満期または保険事故発生の場合に、受託者がその保険金を受領の上、信託契約の定めに従い、受益者のために管理・運用または交付するものをいう※1とされています。
さらに、生命保険信託は、生命保険料の払い込みの仕方によって、「無財源生命保険信託」と「財源付生命保険信託」に区分されます。
「財源」とは保険料払い込み資金のことをいい、「無財源生命保険信託」は、上記商品のように、生命保険料の払い込みを委託者が行い死亡保険金請求権を信託財産とするもので、「財源付生命保険信託」は、受託者が委託者に代わって生命保険料を払い込むものをいいます。つまり、前者は信託財産が死亡生命保険請求権だけであるのに対し、後者は、当初信託財産は金銭等となり、受託者がこの金銭等を管理運用しながら生命保険料を支払うところが異なります。
では、「財源付生命保険信託」の課税関係は、通常の生命保険金の課税関係と同じになるのでしょうか?当初の信託財産が将来の払い込み原資となる金銭等であることから、信託設定時に受益者等に対してその金銭等の贈与があったとみなされないかが問題となります。
「財源付生命保険信託」について、当初の信託財産が現金等である点に着目すると、まず金銭等に信託が設定され、その後の運用形態が生命保険であったと考えることも可能です。こう考えると、現行の相続税法では、他益信託の信託設定時において、原則的に、「受益者等」に受益権が委託者から贈与されたとみなされて、贈与税が課税される(相法9の2①)ことから、信託設定時において、委託者から受益者等に現金等が贈与されたとして「みなし贈与課税」が生ずるのではないか、との疑問が生じます。
この点について、平成23年3月24日に名古屋地裁において注目すべき判決が出され、実務上の疑問は解消しました。
この判決の事案は、大手教育系出版社の創業者である元会長が、米国で生まれたばかりの孫を受益者として生命保険を使った信託を設定し、その一時払い保険金の原資として米国債500万米ドルを信託した事案で、課税庁は、この信託の設定が「みなし贈与」に当たるとして、約3億1,000万円の贈与税および無申告加算税の決定処分を行ったもので、名古屋地裁は、課税庁の主張を退け、決定の取り消しを命じました。
納税者勝訴の理由は、「孫は信託による利益を現に有する地位にあるとは認められない」、という点にありますが、注目したいのは、同地裁による生命保険信託に係る事実認定です。同地裁は、信託契約に至る経過等や信託契約の内容に照らして判断すると、信託の設定と生命保険契約の締結時期に若干の間隔があるとしても、当初の信託財産である米国債は信託契約締結前から予定されていた生命保険契約の支払原資にしか充てることができなかったため、信託財産は米国債でなく死亡保険金である、と事実認定しました。すなわち、信託契約の解釈により、「財源付生命保険信託」の信託財産は、当初の信託財産である金銭等ではなく、生命保険債権であると実質的に認定したのです。
この判決により、生命保険信託を形式でなく実質で判断することが合理的であることが明らかになったと解されます。そうすると、「財源付生命保険信託」も、通達にいう「いわゆる生命保険信託」に該当することになると考えることができ、したがって、同信託も通常の生命保険金の課税関係と同様の課税関係に立つと判断していいように思われます。
さらに興味深いのは、この名古屋地裁の裁判において、生命保険信託に該当するための要件を課税庁が次のように示している点です。すなわち、生命保険信託というためには、①信託契約において受託者に信託財産の運用方法について裁量がなく、生命保険契約の締結が義務付けられている場合、または、②少なくとも受託者において投資すべき生命保険の内容がある程度具体的に定まっている場合、に限られる、と課税庁は主張しています。
これらの要件について裁判所の判断は示されていませんが、後日の課税上のトラブルを避けるため、上記の要件を満たすような信託契約書を作成しておくことが望ましいと考えます。
※1 鯖田豊則『要点解説100 信託実務がわかる』234頁。財源付・無財源生命保険信託の区分および意義についても同書を参考にしています。
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