実質3.5年の海外移住で国外資産の贈与税が無税に
我が国の相続税法によれば、贈与を受けた人と贈与をした人の「住所」が共に5年以上国外にあれば、この人たちの間の「国外財産」の贈与には、贈与税が課税されないことになっています。
この規定を利用した節税策は非常に有効なのですが、親と子の両方が外国に移住しなければならないこと、かつ、(ア)この5年間については一時帰国していいのか悪いのか、(イ)いいとしてもどの程度の長さならいいのか、(ウ)国内に大きな仕事や財産があったら「住所」は国内になるのではないか、など実務上の疑問点があることから実行が困難でした。
ところで、この節税策に関連する注目の判決(武富士事件)が平成23年2月18日に最高裁で言い渡されました。この判決で上記の疑問点の多くが解消され、節税のための海外財産贈与は実行しやすくなりました。
武富士事件とは、消費者金融大手の武富士の創業社長が後継者である長男を香港に移住させ、オランダにあるペーパーカンパニーを利用して、国外財産とした巨額の武富士株式を香港在住の長男に贈与したというものです。なお、この事件の高裁判決についてはUAPレポート「相続税法上の「住所」の意義の変容~武富士事件東京高裁判決」をご参照下さい。
当時の税法では、贈与を受けた人の「住所」と贈与の対象となった財産がともに国外にあるときは、贈与税が課税されないというもので、この規定を利用した武富士の長男の「住所」が、香港にあるのか日本にあるのかが裁判で争われていました。もしも税務署が負ければ、2,000億円以上のお金を長男に返還しなければならず、その額の巨大さでもこの判決は世間の注目を集めていました。
最高裁は次の事実などから、長男の贈与税回避の目的を認定しながらも、最終的には、滞在日数が出国期間中の約3分の2(国内での滞在日数の約2.5倍)であることを重視して、長男の「住所」は香港であると判断し、税務署の主張を退けました。
① 公認会計士から贈与税回避プランの具体的な提案を受けていて、3か月に1回程度、国別滞在日数を集計した一覧表を作成していたり、日本国内に長く滞在しすぎているから早く香港に戻るよう公認会計士から指導されたりしていた。
② 香港でのベンチャー投資業務を行う会社には、高度の知識、技術や経験を有する専門家が一人もおらず、長男にもその業務経験がなく、雇用者も1名前後であり、単なる連絡事務所にすぎない様子がうかがわれた。
③ 香港滞在中に、月1回の取締役会など主要な日本の国内行事に参加していた。
④ 長男の香港における資産は5,000万円程度の預金のみであったが、国内には1,000億円の武富士株式の他、23億円の預金、182億円の借入金等の財産を有していた。
⑤ 香港滞在中は、簡易な宿泊施設であるサービスアパートメント(2年契約)をホテル代わり使い、頻繁に日本に帰国するなど長期出張のようであった。
⑥ 帰国の際は、東京の居宅に起居し朝夕の食事をとっており、また、居宅には42平方メートルの長男専用の居室が残されたままであった。
この最高裁判決でタックスプランニング上重要なのは、たとえ贈与税の回避目的があったとしても「住所」がどの国にあるかの判断には影響がなく、「住所」はあくまで客観的な滞在日数を主要要素として判断し、その場合の実際の日数は全期間の日数の3分の2以上であればよいことが示されたことです。
この判決を前記(ア)~(ウ)の疑問点について当てはめてみると、一時帰国は総期間の3分の1くらいまでなら認められますし、国内に仕事や財産があることは住所の判定にはあまり影響を及ばさないことになります。
そうだとすると、親と子の両方で5年間超海外移住することが大変容易になります。
具体的には、飛行機でも数時間の距離の香港・シンガポールなどの近隣諸国に親子で住所を移し、実際の仕事はメールと電話ですませます。重要な会議等には月に何回か日本に戻るというスタイルで全期間の3分の1の日数くらいは日本でも仕事ができます。こうして5年を経過した後に、親から子へ国外の財産を贈与しても贈与税が課されない取扱いになります。
もちろん、海外移住が実体をともなわない「仮装」であると認定されれば税務署によって否認されますが、客観的に生活の拠点たる実体があれば大丈夫だと思われます。
相続税の課税強化が避けられない状況ですが、海外財産贈与プランの節税効果は抜群です。日本国内の仕事の内容にもよりますが、IT通信技術と交通手段の発達が進んだ現在においては、海外移住が実行可能な方も増えると思われますので、この判決を参考にされてはいかがでしょうか?
過去のUAPレポート
- レポート検索