日本における議決権信託と事業承継
議決権信託とは、議決権を統一的に行使するため株主が株式を一人の受託者に対し信託するものです。議決権信託は日本ではほとんどその例が見られませんが、アメリカでは①会社の支配権・経営権を確保するため、②会社の組織再編時に委託者による支配を維持するため、③少数株主に影響を与えるため、多く利用されています。
といっても、議決権だけの信託はすることはできません。我が国の信託法では、金銭に見積もることができない財産は信託可能財産とはされていないからです。したがって、日本においては、議決権行使を目的とする株式の信託的譲渡により議決権信託を行うことになります。
さて、平成20年9月5日に中小企業庁から「信託を活用した中小企業の事業承継円滑化に関する研究会における中間整理」が公表されましたが、その中間整理には、事業承継に有用な議決権信託の具体的なスキームが複数整理されています。
この中間整理で最も注目すべきは、今まで不明確であった議決権行使の指図権と会社法の関係が明らかになったことです。すなわち、少なくとも非公開会社の場合、議決権行使の指図権と受益権との分離が可能であることが明示されています。
これにより、例えば、遺言代用信託を活用して、オーナー(=A)亡き後の受益権者は兄(=C)と妹(=B)に平等(50%)の割合で定めておきながら、議決権行使の指図権を後継者である兄(=C)に100%与えることが可能になり、会社の支配権をスムーズに事業承継者である兄(=C)に移転できることになります。
発行会社に対し議決権を行使できるのは名義人としての受託者ですが、特約により議決権の行使は受益者または委託者の指図によって行われることが多く見られます。議決権行使を指図するこの権利を「議決権行使の指図権」と呼びますが、今までは、受益権者に指図権を平等に付与しない場合、会社法の一株一議決権の原則との抵触が問題とされ、実務的な障害となっていました。すなわち、各株主は、原則として、その有する株式一株につき一個の議決権を有することとされていますが、実質的な株主である受益者とその議決権の指図権者を分けることにより、自益権と共益権とが分離し、会社法の認めていない複数議決権株式を実質的に創出するのではないかと議論されていました。
中間整理では、「非公開会社においては、議決権について株主ごとの異なる取扱い(いわゆる属人的定め)を定めることが認められており(会社法第109条第2項)、剰余金配当請求権等の経済的権利と議決権を分離することも許容されているため、複数の受益者のうちの特定の者に議決権行使の指図権を集中させても、会社法上の問題は生じない」としており、非公開会社では、議決権の指図権者と受益権者と一致させなくても会社法上問題がないことを明らかにしています。
それでは、上記スキームにおける課税関係はどうなるでしょうか?
兄妹には遺贈により受益権を取得したとして相続税が課されます。問題はその受益権の相続税評価です。妹(B)が取得した受益権には実質的に議決権が含まれていませんから、兄(C)が取得した受益権よりは価値のない財産を承継したと考えられます。しかし、国税庁が公表している「種類株式の評価について(情報)」(平成19年3月9日)によると、「無議決権株式を発行している会社の無議決権株式及び議決権のある株式については、原則として、議決権の有無を考慮せずに評価する。」とされているように、相続税の評価では、議決権の価値は無いものとされています。そうだとすると、兄(C)と妹(B)は同額の価値の財産を取得したとして相続税が課されます。兄(C)にとってみれば、非常に有利に事業承継が実行できたことになります。
本件スキームは単純なものですが、議決権信託において議決権の指図権を上手に活用することにより、有利な事業承継を実行することが可能となってきましたので注目です。
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