2008年3月27日

相続税法上の「住所」の意義の変容~武富士事件東京高裁判決(H20.1.23)~

「住所」の概念は所得税法上及び相続税法上のタックスプランニングを行う上で非常に重要な概念です(参照:UAPレポート「注目される非居住者認定と平成18年度税制改正による非永住者制度の改正」)。

例えば、「贈与税が課税されない国に住所を移して贈与を実行する」という相続対策がありますが、このような対策に大きな影響を与える判決が、平成20年1月23日に東京高裁で出されました。

 問題となった事案は、香港に「住所」があったと主張する子供に亡親がオランダの持株会社の出資口数の大部分を平成11年に贈与した(いわゆる武富士事件。)というもので、香港に子供の「住所」があったとされれば、当時の税制では、贈与税の課税ができないというものです。本件は、贈与金額が1653億円、贈与税額が1157億円にのぼる金額の大きさでも注目を集めていました。

 第一審の東京地裁平成19年5月23日判決では、子供は香港に65%滞在し、日本には25%しか滞在しておらず住所は日本国内にはないと判断し、納税者を勝たせています。

 ところが、第二審の東京高裁判決では、客観的な事実について一審とほぼ同様の認定をしながらも、「住所」は日本にあったとして、贈与税の課税を認めました。

 なぜ、このように180度異なる判断がなされたのか、その理由は、「住所」の解釈が大きく変わったからです。すなわち、「住所」判定の基礎となる「生活の本拠」の認定が、第一審では客観的な事実にだけ基づいて行われていたのが、第二審では「居住意思」を加えてなされたからです。

 「住所」を、「各人の生活の本拠を指すものと解するのが相当であり(最高裁昭和29年10月20日判決参照)、生活の本拠とは、その者の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心を指すものである(最高裁判所第三小法廷昭和35年3月22日・民集14巻4号551頁参照)」とすることは、一審も二審も同様です。

 異なるのは、「生活の本拠」についての判断基準で、一審が「一般的には、住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他の親族を有するか否か、資産の所在等の客観的事実に基づき、総合的に判定するのが相当であ」り、「主観的な居住意思は…補充的な考慮要素にとどまる」とするのに対し、二審では、「住居、職業、生計を一にする配偶者その他の親族の存否、資産の所在等の客観的事実に、居住者の言動等により外部から客観的に認識することができる居住者の居住意思を総合して判断するのが相当である」としています。

 本件では、①タックスプランニングの提案を受けたこと、②贈与後国別滞在日数集計一覧表を作成してもらっていたこと、③香港に戻るよう指導されていたこと、等から国内滞在日数が多すぎないように注意を払い滞在日数を調整していたとして租税回避の目的を認定されたうえ、居住意思も香港にはなく客観的にも「生活の本拠」は日本国内にあったと判断されました。

 本判決によると、今後、タックスプランニングにより国外に「住所」を移しても、それが租税回避目的であれば、「居住意思」がないとして日本国内に「住所」があると認定され(やすくな)ると考えられます。
 租税法の解釈に「租税回避目的」を織り込むことは、明文の規定がない場合は困難だとされることが多いのですが、本判決は、相続税法上「住所」の解釈に「租税回避目的」を織り込み、結果として独自の定義を行ったと評する見解もあります(占部裕典「贈与税の租税回避行為と住所の認定」月刊税理2008年4月号・93頁)。

 ①この判決が確定するかどうか、②租税実務において「住所」の解釈に「居住意思」も判断要素の一つとされるかどうか、は平成20年3月時点では流動的ですが、今後のタックスプランニングを検討する場合には注意が必要です。

2008年3月27日(担当:後 宏治)

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